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nekop's blog

OpenShift / JBoss / WildFly / Infinispanの中の人 http://twitter.com/nekop

JBossと僕とRed Hat

jboss

JBoss Advent Calendar 2012の15日目のエントリ。

Red Hatへ転職する際に、Red Hatの知人から「とりあえず履歴書持ってきて、英語と日本語両方」と言われたのだけど英語のResumeとか今まで書いたことないわけで、必死こいて書き方を調べて書いた。後からわかったことだけど、日本語の履歴書はオプショナル扱いで不要だった。日本のマネージャと社長面接があって、これから外人と英語で3回くらい面接があるから、と言われた。聞いてないよ案件である。また、僕のポジションでは技術テストがあり、送付されてから24時間以内に回答するという少し歯ごたえある感じのもの。もちろん英語だ。「何を調べてもいいけど、自分の言葉で書きましょう、コピペはぐぐるとバレますよ」って前書きに書いてある。回答を組み立てるための調査能力を要する問題と、Java EEやマルチスレッドの操作や排他がらみの問題など、ベーシックなソースの読み書きの問題がある。合理的なテストだと思う。このテストの結果が良かったらしく、英語の面接では大して何も聞かれることはなく、「入社に当たってなにか不安なこととかわからないことはないか?」と聞かれて逆にずっと質問し続けるというような状態だったので助かった。

2007年3月にRed Hatに入社して、すぐ本社のRaleighでチームミーティング。サポート業務のプロセスとか基礎とかのトレーニングを受けてきた。当時まだ日本でJBossを購入しているお客様は居なかった(USから直接購入しているお客様は居たけどそっちはもちろん英語オンリー)。日本に帰ってから、大口顧客や有名顧客の多い西海岸エリアのお客様のカバーをほぼ全てまかされることになり、6ヶ月ほどはひらすら英語ベースの業務だった。英語できないのに。そういう半強制的な英語環境に置かれたおかげで、英語を読むのが大して苦ではなくなり、初歩的な英語を書けるようにもなった。でもこの時点ではしゃべる機会はあまり無かったのでまだ会話は上達していない。この頃は自分のチームメンバーはUSとインドとヨーロッパ、という状況だったので、日本のオフィスへ行っても仕事上あまり意味がなく、ほとんど日本のオフィスには行っていなかった。最長で6週間ほどオフィスに行かずに家で仕事をしていた。

お仕事PCの環境はFedoraを使っている。入社前まではDebianUbuntuを使っていて、Red Hat系のディストリビューションは扱い方がよく分からず(単に不勉強と慣れの問題なんだけど)あまり好んでは使っていなかったが、使ってみるとyumが多少遅いというところ以外快適で、yumのアップデートも基本的に裏で勝手に走らせておけば良いものなので速度が必要になる場面なんて滅多になく、そのうちまったく不便を感じないようになった。今ではFedoraじゃないほうがいろいろ不便だ。

会社ではサポートエンジニアリングということをやっている。テクニカルサポートエンジニアがフロントライン(最前線)と呼ばれるのに対して、バックラインと呼ばれることもある。このサポートエンジニアリングというグループのメンバーはJava EEを利用したエンタープライズアプリケーションの実装と設計に通じている、いわゆるアーキテクトレベルの人が集まっているグループで、技術的に難しい問題の解析や、実際のコード修正などを業務として担当している。サポート業務についてはテクニカルサポートというお仕事というエントリに昔いろいろ書いた。

自分の得意分野はJBossクラスタリング技術で、一応アジア地域のJBossクラスタリングサポートの代表みたいなことをやっている。このポジションだと開発者とのミーティングも基本的に参加しなければならないので、JBossクラスタリング開発チームのミーティングにも参加している。これはデザインレベルの議論や判断を学べる数少ないチャンスでもあり、参加者で日本語を話せるのは僕一人だけなので日本語をしゃべる機会はゼロであり、いい英語のトレーニングというか実践機会にもなっている。他にも会社のトレーニング助成金を利用して英会話スクールにも通ってみたりして、そこそこ英語もしゃべれるようになった。出張で行ったチェコのビールは世界一うまいと思う。Infinispanは僕も参加していたチェコのミーティング中に生まれたもので、Infinispanの最初の開発コードネームStarobrnoというのはチェコのBrnoのおいしい地ビールの名前だったりする。

その後日本のJBossビジネスも順調に伸びて、ミッションクリティカルな案件でもふつーにJBossが使われるようになった。チームメンバーの数も2桁になったし、JBoss関連の飲み会では(もちろん来られない人もいるのに)30人規模の会場を抑えたりする必要になっているところ。今はだいぶ規模が大きくなってしまったサポート業務をどのように効率化するかというのと、自分の持っている知見をどのように他のメンバーへ伝えるか、チームの全体的なモチベーションアップ、といったところが主に課題かなーと思ってる。